日々のパン 2022年5月号

ふたりの苦労人

以前、とにかく苦労がにじみ出ているというか、出している人に出会った。彼女との会話は、「私は苦労した。」が第一声で始まり、始終「苦労した。」「苦労した。死ぬところまでいった!」(本当に死にかけたのでは無いと思う、、、)の連続だった。苦労人生を宣言されていた。

方やもう一人の苦労人は、私が大好きな苦労人である。クリスチャン作家の俣木聖子さんだ。

聖子さんとの出会いは、御夫婦が経営されている老人介護施設やすらぎの介護シャーローム。私と同じ教会の人が先に働いていて、「みかちゃん、一回見学に来る?」と誘われた。見学に行ったつもりが、聖子さんに「いつから来てくれますの?」と言われて、内心、えっ見学に来ただけやけど、と思ったが「はい、じゃ来週から。」と言うてしもうた。その時から聖子さんと一緒にデイサービスの利用者さんの食事作りをしていた。

シャローム立ち上げ時、聖子さんしか食事を作る人がいなくて、まさに私が猫の手になった。

台所で仕事をしている時、聖子さんと色んな話ができた。私は聖子さんの話を聞いていて、びっくりした。よくよく聞いてみると、なっ何でそんなに苦労した事を、サラリと話せるんやろう?と不思議に思った。えっそんな大変な事があったん!という内容も、大根をトントン切りながら話してくれた。

あまりにも不思議だったので、聞いてみた。「聖子さん、何でそんな大変な苦労話、サラリとしゃべりはるんですか?」「あ~みかさんね~私の親友の作家さんが教えてくれたのよ。作家ってね、苦労話、大変だった時の話を、いかにサラリと書くのが作家の力量だって。」と、、、なるほどなと思った。

最初の苦労人は、正直言って聞いていて疲れてしまう。

方や聖子さんの話は、聞いているこっちの方が引き込まれて、もっと聞きたくなる。もう一つの理由は、聖子さんの苦労話には、困難な中にも「いつも感謝」があったからだ。


【聖書の言葉 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」

 

聖子さんからは、いつもこの事を学ばされた!素晴らしい人生の先輩に出会えて感謝!

 

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